2010年7月4日日曜日

書評・走ることについて語るときに僕の語ること

--村上春樹の小説を欠かさず読んでいるファンにとっては、過去の作品が日常生活のリズムの中でどのように生まれてきたのかが分かる本。
--村上春樹を読んだことのない読者にとっては、ノーベル賞候補と呼ばれるまで上り詰めた作家の仕事論として示唆に富んでいる本。


走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)
村上 春樹

文藝春秋  2010-06-10
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「走る」という行為を媒介にして、自分がこの四半世紀ばかりを小説家として、また一人の「どこにでもいる人間」として、どのようにして生きてきたか、自分なりに整理したみたかった。p.256
筆者は作家になりたての頃からマラソンを続けていることは余程の村上ファンでない限り知らない事実かもしれません。フルマラソンを25回以上完走し、トライアスロンにも果敢に挑んできました。

この本はマラソンという題材を扱いながらも、小説家としての彼の「仕事論」が描かれています。彼は小説家の資質として「才能」の他に、「集中力」と「持続力」が求められるとしています。才能に欠けるところがあっても、そこを伸ばしていけば補えるとしています。仕事をしていく上の「集中力」と「持続力」を、彼がいかに大切に考えて、それをどのように育んできたかを私たちは感じることができます。

ここ数年マラソンブームと言われていますが、彼は健康志向というわけでも特になく、長期間にわたって小説家としてやりとげることを明確に意識して30代の前半から初めたその姿勢に学ぶところは多いです。

小説家というのは決して他者から仕事を強要されることはありません。小説家という肩書きはあるものの、常にフリーランスのようなもの。マラソンという主題を通じて、自分の内面を満たしてくれる有意義な仕事をするために必要なものを教えてくれているように思います。

フリーランスはもちろんのこと、会社員として働いている人達にとっても、考える部分は多いです。
作品を生み出すのに葛藤する一人の人間としての村上春樹が垣間見える一冊でもあります。